見知らぬ男

日を重ねるにつれ、家の中はひどい状態になっていった。

壁紙が剥がれ、カーテンが裂けた。バスタブに臭い水が溜まり、時計の進みが逆になっている。見たこともない羽虫が群れをなして飛び交い、天井に不気味なシミが浮かんだ。

そんなある日のこと。

荷物を取りに戻った父親は、自宅の前で見知らぬ男に声をかけられた。

ジャージ姿の痩せた中年男性で、前髪が薄くなりかけている。親密な相手と内緒話でもする具合にやたらと身体をすり寄せてくるのだが、声がムダに大きく、口も臭い。

「昨日の夢に、うちの犬が出てきたんだ。賢い子だったのに、車に轢かれちゃってね。つい一月前の話。かわいそうでかわいそうで、毎晩泣きましたよ。そうしたらあの子、お父さん心配しないで、僕新しい家を見つけましたって、嬉しそうに報告してきたわけ」

男は気味の悪い笑みを浮かべながら、なにやらおかしなことを言っている。

適当にあしらって家に入ろうとしたところ、腕をつかまれた。

『こどもの頃のこわい話 きみのわるい話』(著:蛙坂須美/竹書房)

「夢で見た道をたどってきたんだ。間違いない。ここだよ。あんたの家だよ」

相変わらずヘラヘラしてはいるものの、目が笑っていない。疑いようもない異常者だ。このまま家に押し入られでもしたら、たまったものではない。

父親は下腹にぐっと力を込めた。「意味のわからんことを言うな! これ以上つきまとうなら、警察を呼ぶぞ!」

大声でそう怒鳴りつけると、男は恨みがましい目で父親を睨みつけ、

「あんたの家のそれ、うちのベスだからな」

それだけ呟いて、スタスタと歩いていってしまった。