大老も「則闕の官」

教科書を開くと人臣で初めて摂政になったのは藤原良房とありますが、彼は律令制が施行された後、正規に太政大臣に任じた初めての人でもあります(斉衡4年(857年)のことそれ以前に恵美押勝と道鏡が異なるかたちで就任していた)。

言葉を換えると、良房以前の90年間は、太政大臣はあきポストだったのです。

大老もまた、「則闕の官」です。

将軍を扶けて政務を行う江戸幕府の責任者は、あくまでも老中です。大老ではありません。大老はいなくても困らない、臨時の名誉職的なポストなのです。

具体的にいうと、以前この連載でも紹介した「評定所」への出勤といった日常業務は免除(疎外ともいえる)されています。