「馬群に沈むにせよ、その瞬間は……」
高橋の対抗はメジロアルダンだった。2年前、『優雅で感傷的な日本野球』で第1回三島由紀夫賞を受賞したときに、「賞金の100万円はどうしますか」という記者の問いにたいして、「ぜんぶダービーのメジロアルダンの単勝につぎこみます」と口走ってしまい、結果、首差で2着に負けた馬だ。
▲は「いまでも4歳(現在の3歳)最強と信じている」というメジロライアンで、天皇賞でもジャパンカップでも◎にしていたオグリキャップには、悩んだ末に、はじめて付けるというハート印にした高橋は、馬券はオグリキャップの単・複だけを買うつもりで、ほかの馬券は買わないと書いていた。
ハート印はロマンチックな感情というより、宝塚記念で引退すべきだったのに人の思惑で走らされ、負けつづける名馬への敬意の表れだという高橋は、こうつづけた。
〈わたしは、武豊はおそらく3コーナーで一度は先頭に立たせるのではないかと予想しております。その後は馬群に沈むにせよ、その瞬間は「オグリ!」と叫びたいと思っています。〉
不覚にもわたしは電車のなかで涙しそうになった。「馬群に沈むにせよ、その瞬間は『オグリ!』と叫びたいと思っています」というのは、多くのオグリキャップファンの心境を代弁していたからだ。
しかし、わたしはオグリキャップの馬券を買うつもりはなかった。この有馬記念は、高橋のようにオグリキャップの単勝だけを買うか、まったく買わないかの二択だと思っていた。中途半端に買うのはオグリにたいして失礼だ。わたしは買わないほうを選んだ。
