無残な負けがつづいてもまだ走らせるのか
岐阜県の笠松競馬場から中央入りして3年間、数々の感動的な走りを見せてくれたオグリキャップだが、この年の秋は怪我から立ち直りきれないまま走り、天皇賞(秋)6着、ジャパンカップにいたっては11着とデビュー以来もっともひどい着順だった。
オグリキャップは終わった――。
そんな声が大勢を占めていたあの秋、オグリキャップを愛した人たちは皆複雑な思いをいだいていた。天皇賞、ジャパンカップと無残な負けがつづいてもまだ走らせるのかと、批判の矢面に立たされた瀬戸口勉調教師のもとには抗議の手紙や電話がいくつもあったという。そして、引退レースとなる有馬記念もまた喘ぐように後退していくだろうオグリキャップに、わたしたちはどう対処すればいいのか――。みんなが考え、模索していた。
スポーツ紙や予想紙の印だけを見れば、オグリキャップは端役の一頭でしかない。それでもファンの思いがこもった「最後の一票」が4番人気まで押しあげていた。