「私だけでなく、今は蔵書や資料の処分に悩んでいるご家族は多いのですって。遺された資料は貴重なものでも、それを収容できる公的な場所が少ない。「調査が終わるまでは絶対に捨てないでください!」と担当者から強く言われてしまいました」撮影:宮崎貢司

服や着物に気を配るようになったのは、デビューして間もないころ、ある方から「葉子ちゃん、外に出かけるときは一張羅を着なきゃだめだよ」とアドバイスをいただいたからです。

もともと私は女優を目指していたわけではなく、大阪の放送局で秘書をしていたとき、スカウトされて映画の世界に入りました。まわりを見渡すと、原節子さん、高峰秀子さん、越路吹雪さん、八千草薫さん、岡田茉莉子さん……と、もう、そうそうたるスターばかり。

本当にお芝居が好きで、演技の勉強をしてこられた先輩方が大勢いらっしゃる。そのなかにあって、素人の私はいつも引け目を感じていました。

ある年、光栄にも、東宝が毎年制作していたカレンダーに出させていただくことになりました。しかも、並みいる諸先輩方を押しのけて、私が1月に登場することに──。そのとき、せめて素晴らしい着物を着たいと思ったのです。そうでもしなければ、とても大役を果たせない、と。

ちょうどそのころ、日本橋三越で「日本の伝統工芸展」が開かれていて、会場に展示されていた友禅染の大家である森口華弘先生の着物を思い切って求めました。当時の年収のほとんどをつぎこんだでしょうか。博物館に収められる予定もあったという、本当に素晴らしい作品です。森口先生の友禅に龍村の帯を締め、撮影に臨みました。

以来、とっておきの日にはこの着物を選んでいます。平成2年の「即位の礼」に招かれて夫婦で皇居に上がったとき。そして今年3月、日本アカデミー賞の会長功労賞をいただいたときにも。賞をいただくのにちょっと派手かなとは思いましたが、授与式に着て行きました。

私の年齢になると、着物を子どもや友人に譲る方も多いのですが、まだ死なないつもりでおりますし(笑)、これだけは手元に置いておきたいと思っています。