地下の書庫から溢れる膨大な蔵書や資料
夫とは、私の義兄の紹介で知り合いました。妻に先立たれ、息子2人を抱えた親友を心配した義兄が、「お嫁さんを紹介しよう」と、私に白羽の矢を立てたのだそう。夫は当時大蔵省の官僚で、毎日深夜まで働いており、とても再婚を考える余裕がなかったといいます。
会ってみると、大蔵官僚というお堅いイメージとは裏腹に、文学青年で、芸能にも詳しかった。大学在学中は歌舞伎研究会に在籍し、歌舞伎座の3階席に入り浸りの、“大向こう”だったそうです。さらに新派の大ファン。映画やお芝居の話が弾み、出会って半年で結婚することになりました。
当時の私が理想としていた夫婦像は、経済的にも精神的にも自立し、それぞれ自分の仕事に邁進する、サルトルとボーヴォワールのような関係でした。その思いに夫が賛同してくれたおかげで、私は家庭に入っても、女優の仕事に打ち込むことができたのだと思います。
いずれ政治の世界を離れれば、夫婦でゆっくりした生活を送れるかと思いきや、夫は84歳で弁護士資格を取ったり、大学の学長なども引き受けたりして、亡くなる前年まで現役で働いていました。
そんなわが家の地下にある書庫には、数万冊におよぶ夫の蔵書が眠っています。夫の死後しばらくして、ちょっと様子を見てみようかと入ったところ、ものすごい量の本に圧倒されてしまって……。
図書館にあるような可動式の書架12台にはぎっしり本が詰まり、床にも山と積まれているのです。ジャンルは幅広く、文学から歴史、哲学、演劇、自然科学など、政治の仕事とは直接関係ない書籍も大量にあります。夫は戦後にシベリアで3年抑留されていたのですが、その間読書ができなかった反動からか、少しでも気になった本は迷わず買うようにしている、と言っていました。
長らく国の予算作成に携わっていましたので、財務に関する資料、歴代総理大臣の方たちとの記録や、報告書のようなものもあるようです。自分の家のことなのに「ようです」と伝聞になるのは、夫が生きていた頃は、私は書庫にほとんど足を踏み入れたことがなかったからです。