1日1日を楽しんで

 <『文七元結物語』への出演は、女優の道に進んだ寺島さんが歌舞伎座に立つということでも注目を集めた。当時、「スポーツ報知」に寄せた手記でこう振り返る。「初日、花道から出る時、形容しがたいこれまでのいろいろな気持ちがあふれ、舞台上でしゃがみこんだらどうしようということも頭をよぎりました。しかし、舞台や役に対しての責任は私自身にあります。役を演じながら、気持ちの奥にどこか冷静な自分がいました」。この舞台を踏まえて今回、「こうしたい」ということはあるのか>

特にないです、演目が違うので。そもそも、前にやったから「大丈夫」ということはどのような作品でもありません。初日からお客様と作りあげていくものですから。1日1日を楽しんでやりきりたいです。

寺島しのぶさん

積み重ねの結果、12月にふさわしい演目にお客様が師走を感じていただければうれしい。とても心温まる話で、上演時間も短くて見やすいので、お客様がこの寒くて忙しない師走に少しでも心を温めていただければと切望します。

伝統を守っていくのが歌舞伎だと思います。でもその中でいろいろあってもいいのではないでしょうか。例えば、歌舞伎座「十二月大歌舞伎」では、第一部の『世界花結詞(せかいのはなむすぶことのは)』にはバーチャルシンガーの初音ミクさんが登場します。第二部では、女優の私がおたつさんを、俳優の梶原善さんも出演されます。坂東玉三郎のお兄様が演出・出演の第三部『火の鳥』は、新しい世界観が劇場を包みます。

こういう「月」があってもいいのではないでしょうか?伝統だけでもダメですし、新しいものだけでもダメ。とにかくお客様に歌舞伎というものに興味を持っていただき、ああ楽しかったからまた歌舞伎を見に行こうとなることに意味があるのです。

歌舞伎役者でない人が歌舞伎に出ることは、これからもあるかもしれないし、ないかもしれません。そこは分からないけれど、私は歌舞伎が好大きなので、今はとにかくお客様に歌舞伎座に来ていただくこと、それが一番の願いです。