昼食のあと、ハルは寮の入口で、秀梅に追いついて声をかけた。調理実習でさんざん笑ったことで、かすかにわだかまりがとけたように感じていた。

 チャペルでみつけたハガキを見せると、秀梅は書かれた文字を目で追って、信じられない、とぽつりとつぶやいた。

「どうしたの? ジョーって名前に心当たりがあるの?」

「ううん。でも、日付がね……ここに書かれている十月七日のこと、わたしはっきりと覚えてる。だって、十年前に姉さんが寮から家に帰された日だもの」

「偶然の一致とは思えないわね。ひとまずこのハガキが秀玲さんに送られたものだって考えてみるのはどう?」

 秀梅はこくりとうなずいた。それから、思いつくままにさまざまな可能性を口にだしていく。

 その場所にハガキがずっとそのままになっていたということは、当人たちはもちろんほかの生徒たちも回収しなかったということだ。ということは、あの隠し場所は、ふたりしか知らなかったのかもしれない。ハガキを隠した明日子はもちろんそこに手紙があることを知っていた。でも、秀玲は?

「それに問題は、どうやってハガキを隠したのかってことよね」と秀梅。

「どういうこと?」

「ふたりとも謹慎処分ならハガキを隠すことも、取りにいくこともできない。でも、ふたりとも自由に部屋の外にでていたのなら、直接渡せばいいんじゃない?」

「でも、謹慎じゃなくても会うことを禁じられていたとしたら? だって、ふたりの関係が問題になってるんだから、普通会わせないでしょ。だから明日子は秘密の場所に手紙を残した。あたしなら、そんなまどろっこしいことしないで秀玲のルームメイトに手紙を届けてって頼むと思うけど……」

 秀梅はその言葉にぱっと目を輝かせた。

「それよ! ルームメイトにも手紙の内容は知られたくなかったの。でも、ふたりしか知らない場所を見てみてって伝言ならできるんじゃない? わたし、いまのハルさんの言葉でひとつ思いついた。ちょっと待ってて」

 そういうと秀梅は寮監室の扉をノックして、顔をだした寮監の淑惠に台湾語で話しかける。淑惠は眠たげな目で何回か瞬きをすると無言で部屋の奥に入っていった。

 しばらくすると淑惠が扉を開けて内側から手招きした。

 机の上には、ノート何冊かが積み上げてある。淑惠がノートの表紙をぱらぱらとめくっている。     

「なにをお願いしたの?」とハルは小さな声できいた。

「わたしの姉が十年前に失踪したってことを話した。それで、姉もこの寮に住んでいたから、当時のお友だちに消息を尋ねるお手紙を書くために寮の名簿を見せてもらえない? って。淑惠さんは台湾人だから、台湾人の子たちにとても優しいの」

 そのとき、淑惠が、あったよ、と一冊のノートを秀梅に手渡した。表紙に大正十二年と書かれたノート。

 寮の部屋ごとに三人の名前と連絡先が記されている。当時は三人部屋だったということだろう。淑惠が身を乗りだして、秀玲がいたのはここね、と指さした。

 ――三号室、山本涼子(同年七月一日内地編入のため退寮)、林秀玲(同年十月七日退寮)……。

 それに続く三人目の名前が目に入ってきた瞬間、ハルは思わず秀梅の顔を見た。秀梅は、悔しそうな顔で、小さくうなずく。

 そこに記されていた名前は、櫻井初子だった。