領国統治

後者の「領国統治」は、秀吉を主宰者とした羽柴(豊臣)政権の首都・大坂の近郊に位置した、大和・紀伊・和泉三か国が対象になっている。これら三か国は、いずれも中世前期以来の強力な寺社権門が多く存在し、さらにこれまで領国大名の統治下に十分に編成されていなかった。

秀長はそれら三か国を領国とし、領国統治を通して領国大名の統治下への編成を果たし、同時に政権の統治下への編成を遂げたことになる。

それらの地域は、領国大名の統治下に十分に編成されていなかったものとして、最後に残された地域にあたっていた。秀長はそれを成し遂げたのである。

※本稿は、『秀吉を天下人にした男 羽柴秀長 大大名との外交と領国統治』(講談社)の一部を再編集したものです。

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秀吉を天下人にした男 羽柴秀長 大大名との外交と領国統治』(著:黒田基樹/講談社)

秀吉唯一の実弟にして名代。

秀長は、外様大大名をどのように「指南」し、首都大坂近郊の領国をいかに統治したか。

徹底的に蒐集した史料をもとに、これまでほとんど知られていなかった、その実像に迫る!