卒論で考えたこと
ぼくの卒業論文は「中世寺院の社会的機能についての一考察」『史学雑誌』95-4 1986年4月、というものでした。
卒業論文ってことは、初歩的なモノだろ、と侮る勿れ。後年、「天才」笠松宏至先生(史料編纂所名誉教授)は「本郷君の仕事の中で、この論文が一番優れている」と評されましたし、うちの奥さん(本郷恵子先生)も「あの頃のあなたは、本当によく勉強してたわよねー」と褒めてくれました。
22歳が研究生活の頂点というのは実に情けない(痩せタヌキの先走り?)のですが、まあ、本格的な論文だったのです。
そこでぼくが取り組んだのは、1440年代の広大な高野山領荘園の分析でした。
当時の10年は現代の1年、何て言葉がありますが、まあ中世の社会構造にはそれほど劇的な変化はありません。高野山領荘園は和歌山県ですが、史料『政基公旅引付』(舞台は1500年、大阪府の日根野荘)の状況を読み解くのにも、高野山のケーススタディは十分に役に立ちました。
となれば、兄弟が生まれた1540年頃の愛知県の村落にも適用できると考えます。

