睡蓮』(著:白石一文/新潮社)

 

きっかけはモネの「睡蓮」

智子が家を出たのは、美術館でモネの「睡蓮」を観たことがきっかけでした。絵画の中で咲く蓮の花ひとつひとつに、智子は人生の可能性を感じます。ですが、自分はそれを眺めることしかできない。貴之に制約されながら生きてきた、その事実に憤りを感じ、「私の人生を夫から取り戻さねば」と離婚を切り出すのです。

智子は貴之に愛され、守られていた。周りからは幸せそうにみえる生活も、本人にとっては、幸せではなかったということ。傷ついてもいいから、自分の足で立って歩いてみたかった。でも貴之は、そんな智子の想いに最後まで気づけなかったのです。

こうした男女の違いが、貴之と智子の別れにつながったのでしょう。貴之は人生を捧げて智子を愛したけれど、彼女を守るばかりで何もさせなかった。そのため、智子は変わらぬ日常に飽き、貴之から離れていったのです。

女性にとっては男の純情なんてハンカチと同じで、汗を拭いたら捨てるだけだと思います。男も女もろくでもないなと感じるけれど、こうした虚々実々が面白くもあって。

一方、貴之の妹である櫻子は、優秀な兄を深く愛してきました。ふたりが夫婦になれば丸く収まりそうですが、兄妹ですからそうもいかない。

櫻子としては、兄を捨てた智子に内心思うところはあれど、表面上はうまくやっています。ですが、櫻子は貴之の死についてある秘密を抱えている。最後の最後に、その真相を智子に明かしました。