寄席の演目は後のバラエティ番組に通じる部分が大きい

テレビがまだ新しかった1965年に、社会学者の加藤秀俊は『見世物からテレビへ』で次のように述べている。

 

ギルバート・セルデスは、その著書『民衆芸術』(Public Arts)で、アメリカの視聴覚コミュニケイション史をふりかえり、ヴォードヴィル(寄席演芸)やジャズをとりあげて、それらの伝統が放送とどうつながりあっているのかを考えた。わずか二世紀のアメリカ史のなかでさえ、放送はそれ以前の視聴覚文化の伝統と連続している。(中略)日本には、セルデスがアメリカで発掘したよりはるかに多くの視聴覚コミュニケイションの諸形式があったし、それらは、なんらかのかたちで、こんにちの放送、そしてこんにちの日本文化に連続しているはずである。(加藤秀俊 1965:7頁)

 

実際、寄席の演目は後のバラエティ番組に通じる部分が大きい。寄席とテレビを連続的に捉えてみると、大阪の寄席を制覇して、関東にも進出しつつあった頃の吉本は、あえて乱暴に言えば、大阪のテレビ局を独占し、関東にも局を所有している巨大娯楽産業ということになる。

もちろん、テレビ局を一つの企業が複数独占するなどありえないし、そのほか様々な留保が必要なのだが、当時の娯楽の発信源という点に限って言えばさほど大げさではない。この時期の吉本が現代以上に隆盛を極めていたと述べたのは、そういうわけである。

※本稿は、『大大阪という神話-東京への対抗とローカリティの喪失』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

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本書は、大衆社会におけるラジオ、吉本興業、職業野球、宝塚歌劇など多様な切り口を通じて、その軌跡を追う。

「大阪らしさ」の源流を描き出しながら、現在まで続く日本社会の均質性の問題を照らす試み。