だんだんと喜びの実感が湧いてきたのは、11月に「日本陸連アスレティックスアワード」でアスリート・オブ・ザ・イヤーに選ばれた頃だったでしょうか。全種目の陸上選手のなかから年に1人だけ選ばれる、憧れの賞。初めて歴代のメダリストの先輩たちと一緒に名前を刻んでいただけたことを誇らしく思います。
もう1つ、メダルを取って嬉しかったのは、競技関係者、特に同じ競歩の仲間から感謝の言葉をもらったことです。なかなか成し遂げられなかった女子のメダル獲得をきっかけに、「競歩という種目が注目されて嬉しい」「ありがとうね」と、いろいろな人から声をかけていただいたことが強く心に残っています。
実は大会の1ヵ月前、私や仲間たちにとって、とても悲しい出来事がありました。8月に、私の恩師・川越学さんが急逝されたのです。北海道での合宿中に倒れられ、あまりに突然のことでまったく心の整理がつきませんでした。
川越さんはとても穏やかなコーチ。設定されたメニューよりも速いペースで私が頑張り過ぎていると、「ちょっとやり過ぎじゃない?」と、自分ではわからない部分を見てくれていました。
試合前には「大丈夫だから」と温かく声をかけて不安を取り除き、つねに一歩下がって見守ってくれたことで、私は選手としても人間としても自立できたと思っています。大会に喪章をつけて挑んだのは、その感謝の気持ちを少しでも表したかったからでした。
突然の別れはもちろん悲しいのですが、落ち込んでいるより私が元気に歩いている姿のほうがきっと川越さんは喜んでくれる。そう信じています。