くわえて、患者さんが自宅にいるということは、病人が家にいるということですから、一緒に住む者にとっては大なり小なり負担となります。

どんなに関係性が良好な者同士であっても、自分のそばに、または隣の部屋に、痛みを抱えていたり苦しんでいたりする人がいると、同居している人は必ず影響を受けます。これに介護やケアがくわわったらなおさらです。

それが、いつなのかわからないけど死ぬまで続く。あなたなら、耐えられるでしょうか。

もうひとつ、同居している側の問題ですね。痛みや苦しみを抱えた死にゆく人のそばにい続けるストレスって、どんなに頭では理解していても腹落ちさせるのは難しいです。

本人の選択を尊重するとはいっても、もっと生きていてほしいと思う「わたし」の気持ちはどうなるの? と感じる家族は一定数いると思います。

くわえて、やはり病院のほうが安心なのではないか、病院だともっといい治療やケアが受けられるんじゃないか、という価値観をお持ちの方がまだまだいるので、困ったら救急車を呼んでしまうという事態が起こってしまうんです。

救急車っていのちを助けて欲しくて呼ぶものなので、もう積極的な治療をしませんと宣言している人でも、救急車を呼んでいつもの病院ではないところに運ばれてしまうと、幸か不幸か積極的な治療のレーンに乗せられてしまいます。

日本ではカルテは医療機関ごとの管轄になるので、うっかり他の病院に運ばれてしまったら、また一から診断や治療計画が始まるわけです。家族はこれで安心かもしれませんが、果たして患者さん本人はどう思うのでしょうか。

 

『人生の終わり方を考えよう 現役看護師が伝える老いと死のプロセス』(著:高島亜沙美/KADOKAWA)