ピルでエイズが拡大?
<アメリカでは1960年に「エナビット」(高用量ピル)が承認。副作用の少ない低用量ピルの研究・開発が進み、欧米では1970年代には低用量ピルが認められる。一方、日本では1957年に塩野義製薬が「ノアルテン錠」(黄体ホルモン剤)を発売。避妊薬としての承認が難しかったため、無月経、月経異常などの適応になった。1960年代になると、世界的にサリドマイドの薬害が問題に。催眠・鎮痛剤のサリドマイドを服用した妊婦から奇形児が生まれたことから、日本でもピルの議論が停滞。その後、1985年には厚生相に臨床治験の要望書が出され、被験者5000人余り、7万周期に及ぶ臨床試験も行われた。だが、1992年にはピル解禁によってエイズが感染拡大するという懸念が示される。「性の乱れ」や「環境ホルモン」などさまざまな横やりが入り、日本では承認が繰り返し先送りされてきた>
僕が本格的にピル承認の運動に関わるきっかけとなったのが1992年。読売新聞社の記者から電話がかかってきたんですよ。「先生、ピルの承認が凍結されました。承認されたらエイズが蔓延するという理由です」と言われて。「ちょっと待って、別の問題じゃないの」と思いましたね。エイズ感染拡大を防ぐのは教育であり、コンドームを正しく装着すること。エイズ予防のためにピルの承認を先送りするのは違う。
当時、新しい薬の審議は「薬事審議会」で行うのですが、なぜか公衆衛生を審議する「公衆衛生審議会」で議論されることになりました。そこで、「エイズが日本で蔓延しないのはコンドームが主な避妊方法だからだ。ピルを承認したらコンドームが使われなくなる」なんて意見が出た。この議論が注目されて、僕のところに取材が舞い込むようになりました。
読売新聞紙上で僕がピル賛成派として取材を受けた時は両論併記だったんです。もう1人は当時の国立感染症研究所の情報センター長の井上栄さん。両論併記となるとどちらの意見も同じ分量ですが、このころはピルを求める国民の声のほうがはるかに大きかった。どちらの意見も同じ扱いは、納得できませんでしたね。
この後、この記事の僕の顔写真に赤でバツ印をつけた怪文書が関係者に送られたこともあった。知り合いから「注意したほうがいいよ」と言われました。それくらいピルはデリケートなテーマでした。
政治家のピルに関する誤解もありました。たとえば、1997年、厚生大臣を務めていた小泉純一郎さんは、ある雑誌の連載で、「薬というのは本来病気を治療するため。体内の異常な部分を正常にするもの。だがピルはその逆で、正常な生理機能を異常にさせるのが気がかりです」とか、書いていたので会いに行きました。医学的な視点での話と日本での承認先送りの現状をお話しすると、小泉大臣がうなずきながら聞いてくれたことを覚えています。
