初めて打ったスパイクは格別だった
石川祐希選手は、1995年愛知県岡崎市に生まれた。1歳上の姉、5歳下の妹(石川真佑(まゆ)=バレー女子日本代表主将)の3人きょうだい。父は陸上、母はバスケットボールの実業団選手だった。親譲りで、運動するのが大好きな子どもだったという。
――子どもの頃は、やんちゃでした。女きょうだいに囲まれると穏やかに育つと言われますが、僕は正反対。ザ・悪ガキでしたね(笑)。体を動かすのがとにかく好きで、小学生の頃は、休み時間が近づくと早く外で遊びたくて、ボールを持ちながらソワソワ。先生には、「まだ授業中だぞ」とよく注意されていました。
それだけなら可愛いものですが、下校してから仕事中の母に「遊びに行っていい?」と電話した時、ダメと言われて、固定電話の電話線をハサミで切ったことも……。なぜそんなことをしたのかわかりませんが、子どもなりの反抗だったのでしょう(笑)。
「親を困らせてやろう」と何か問題を起こすたびにこっぴどく叱られ、父からは鉄拳を食らったこともありました。
そんなやんちゃ坊主が小学4年生でバレーボールを始めたのは、姉の影響。姉がバレーボールのクラブに入っていて、その練習についていったんです。そしたら監督の奥さんがスパイクの助走やジャンプの仕方を教えてくれたうえに、練習試合の最中に監督が僕をコートに入れてくれて。そこでスパイクを打ったら一発で決まり、その快感が格別だったんです。
当時はサッカーやバスケに夢中で、少年野球チームにも入ったばかりでしたが、バレーボールに転向(笑)。僕は負けず嫌いな性格なので、「絶対に一番になりたい」という思いが芽生え、徐々にのめり込んでいきました。