昭和6年7月3日、コロムビアスタジオにて。「紺碧の空」吹込記念(写真提供:古関正裕さん)
上記写真の一部(中央が古関裕而)

「新人だから過去はないけど未来があるよ」

学生たちに大金は用意できなかったが、これまで早稲田の応援歌は中山晋平、山田耕筰、近衛秀麿(このえひでまろ)などの大家が作曲してきたものの、慶応義塾の「若き血」を上回る作品とはならなかったこともあり、無名の新人である古関に依頼することには反対が少なくなかった。

伊藤戊は「兄貴の友達の古関君に賛成してくれよ。新人だから過去はないけど未来があるよ」と説得して回った。

その努力の甲斐があって「ひよつとすると凄い曲が出来るぞ。その古関なんとかといふ人にたのもうよ」という賛成の声が強くなった。

こうして新人の作曲家である古関に頼んできたのである。古関は事情を知り、「ワセダの為にいい曲をつくりましよう」と、快諾した。だが、応援歌を作曲した経験がなく、悩んでいるうちに応援歌の発表会が近づいてきた。

「紺碧の空」の作曲は、発表会の3日前に完成した。この曲は早稲田大学の第七応援歌となったが、現在では第一応援歌となり、大学野球の早慶戦はもとより、早稲田の付属高校が全国高等学校野球選手権大会に出場したときにも球場で歌われている。


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