櫂人が怪我をさせたのは、よく一緒に遊んでいる子供の一人だった。龍生(りゅうせい)くんという運動が得意で声が大きな、活発な子だ。遊具の高い位置から飛び降りたり棒きれを振り回してチャンバラをしたりとやんちゃな遊び方をよくしていて、すり傷を作って帰ってくるのは日常茶飯事だったため、彼の後頭部のかさぶたを見つけたときにも、親御さんははじめ、「またどこかにぶつけたのか」と思ったらしい。
しかし怪我の原因について話を聞いたところ、龍生くんは「櫂人に突き飛ばされて下駄箱の角に頭をぶつけた」と答えた。事態を重く見た親御さんは小学校に連絡し、担任経由で舞子に話が届いた。
当然の反応だ、と舞子は思う。かさぶたができていたということは出血を伴う怪我だったということで、けっして軽視できる事態ではない。動揺しつつ櫂人を問いただしたところ、彼は顔を強ばらせて黙り込んだ。三十分ほどなだめすかし、ようやく櫂人が口にしたのは「下駄箱の前で話しているときに体がぶつかって、龍生が転んだ」だった。
そんなはずはない、という直感があった。そのぐらいの出来事なら、もっと早くに櫂人は自分に報告してきたはずだ。
説明しなさい、龍生くんの頭から血が出たんだよ、誤魔化したら大変なことになるよ。舞子は続け、櫂人は泣きそうに顔を歪めて口を開いた。
「龍生が悪口を言ってきた。いやだったから押した」
大好きなポケモンのワンポイント刺繍が入った黄色いトレーナーを、龍生くんに「お前その色バナナじゃん。ダッセエ。バナナ! バナナ!」と馬鹿にされ、他の子供たちからもバナナ呼ばわりされたという。
そういえば前の週に、櫂人が小学校から帰るなりトレーナーを脱いで、「もうこれ着ない。黒とか青とか着る」と口にした日があった。そのとき舞子は、気に入っていたトレーナーなのに急にどうしたのかと驚いたが、同時に、まあ確かに少し幼児っぽいデザインだし、小学校に入って意識が変わったのだろうと軽く受け流していた。
まさかあの日、そんなことがあったとは。
