初陣で兄・秀吉の命を救った秀長
鵜沼城の開城後、秀吉は斎藤方の武将・長井隼人佐の急襲を受けます。長井勢の猛攻にさすがの秀吉も一時は死を覚悟したほどでしたが、ここで兄の窮地を救ったのが秀長でした。秀長は長井勢の側面から攻撃を加えて隙を作り、秀吉の退却を成功させました。秀吉はこのときのことを「地獄で仏とはこのこと」と述懐しています。
戦いの後、次郎左衛門は秀吉の家臣となり、清兵衛は信長の重臣・池田恒興の家臣となっています。
信憑性が低いとされる史料『武功夜話』に書かれている話なので史実であるとはいい切れませんが、秀長は初陣から目覚ましい活躍をしていたことになります。
※本稿は、『図解 豊臣秀長』(興陽館)の一部を再編集したものです。
『図解 豊臣秀長』(監修:本郷和人/興陽館)
2026年大河ドラマで話題の“豊臣兄弟”のことは、この本を読めば丸わかり!
「秀吉の弟・秀長って歴史の教科書にも載ってないけど、どんな人?」
そんな疑問に答えて、歴史のテレビ番組でおなじみの本郷和人先生が、図解を交えてわかりやすく解説します。






