単純な演出などではなく…

男役の色気というものは、実は見せようとした瞬間に、すっと逃げていきます。
わざとらしく足せば足すほど遠ざかっていくのです。

宝塚の男役の色気は、そんな単純な演出などではなく、もっと静かで、もっと厄介です。
力を抜いた立ち姿。
ほんの少しの「間」。
表情よりも、仕草よりも、「余白」に宿るものなのかもしれません。

何かを見せつけるわけでもなく、媚びるわけでもなく、ただそこに立っているだけで、空気の密度が変わってしまう。
視線を奪うのではなく、呼吸を奪っていく。

そして、格好つけているようで、じつは自然体で、作っているようで、作っていない振りをして、全部作っている。

そう。
男役とは、厄介な生き物なのです。