そんな私の運命を変えたのが2006年7月5日! 講談なら、ここで張り扇(はりおうぎ)をパパンパンと叩くところ(笑)!
当時大学2年生だった私は、幼馴染と居酒屋で、「この後どうする?」と話していました。ふと家に置いてあった父の高座のチラシを思い出し、「今日、父ちゃんが怖い話をするみたいだから行ってみようか?」と、勢いで国立演芸場へ向かったのです。
初めて聴く講談は、何が何だかわからず圧倒されて。何人かの演目が終わり、トリで登場した父の姿に一目惚れしてしまったんです。
私が知る父は、だいたい昼間でも冴えないパジャマのままで、競馬や野球の結果に一喜一憂しては大騒ぎ。そんな父が黒紋付を着てビシッと背筋を伸ばし、国立演芸場の高座で堂々と『牡丹灯記』を申し上げ、満員のお客様の感情を見事に揺さぶっていた。
私は一瞬で恋に落ち(笑)、「カッコいい! 父ちゃんの跡継ぎになりたい!」と決意しました。
父が帰宅するや否や、「講談師になりたい」と言ったところ、「馬鹿野郎! おまえにはなれっこねぇ」と、けんもほろろ。それでも諦めきれずに、「どうしたら、なれるの?」「知らねぇ」「父ちゃんに入門したい」「ダメだ、ダメだ!」という押し問答を繰り返しました。