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世間から「大丈夫?」と思われがちな生涯独身、フリーランス、50代の小林久乃さんが綴る“雑”で“脱力”系のゆるーいエッセイ。「人生、少しでもサボりたい」と常々考える小林さんの体験談の数々は、読んでいるうちに心も気持ちも軽くなるかもしれません。第60回は「あいづちは『はい』なのか『うん』なのか」です。

前回「『子持ちの男性っていいなあ』と話していた先輩の気持ちが今なら理解できる。未婚・子なしの筆者がシングルファーザーの魅力に気づいたのは…」はこちら

職場の社員指導を受ける

他人と話している際のあいづちについて考えたことはあるだろうか。私は人生で3度ほどある。さらにあいづちの打ち方について、他人から指摘をされた経験はあるだろうか。私はこれも人生で3度もある。

人生で最初にあいづちについて、指摘されたのは20代前半。地元のタウン情報誌の編集部員になりたてで、男性の先輩から新入社員指導中に事件は起きた。少数精鋭の小さな編集部なので、社員1人につき新人が1人ついて、ひたすら朝から晩まで共に行動をする。これが1人で終わらず、1人が終わったら、次の社員に私の指導がバトンタッチされて、またイチから学び直し。先輩の言及は絶対で、先輩からの指導、指示、指摘はすべて修行、学びであるとひたすらメモを取らされる。さらに車の運転、飲食物の買い出し、昼食を取る店の席取りなどでパシりまくられる。いまでは絶対に許されない、コンプライアンス違反の渦の中にいた。ただ誤解をしてほしくないのが、当時、私は幸せだった。幼少期から憧れていた職業に就ける日が来るとは思ってもいなかった。今、頑張らなくてどうするの気持ちだった。

最初の指導社員は男性。先輩から編集作業と、広告営業について説明を受けながら、聞き逃すまいと必死でメモを取っていた。

「それから、小林」

「はい」

「返事は常に『はい』だ。『うん』ではなくて『はい』にしろ」

「はい……。すみません、私、『うん』連発だったでしょうか」

「それだと広告営業に行ったときに、お客さんに対して失礼になるからな。気をつけろ」

「ありがとうございます」

お礼を言いながらも、狐につままれたような気持ちだった。まだ20年とそこそこしか生きていないので『はい』『うん』の違いについて、思慮分別ができていない。それでも先輩のご意見はごもっともですと、その日から『はい』の返事に徹した。

ただしっくりとはいかない。自分なりに各所でのお試し期間を経て『はい』『うん』のミックスの塩梅がいちばんしっくりきたので、『はい』のみの返事はやめた。『はい』だらけは、軍隊の香りがするうえに、相手との会話が続きにくく、些細な距離感が縮まらない気がしたから。思い返せば先輩は古いタイプの人間で「目上の者に向かって『うん』とは不届き千万!」とでも思っていたのか。とはいえ、20年以上経過しても記憶にあるのだから、先輩の指摘は私の脳細胞に衝撃を与えたのだ。