二・二六事件を間近で体験した過去

斎藤史さまは、明治四二生まれ。一七歳の時、若山牧水に勧められ、短歌を初め、「心の花」に作品を発表するようになります。また二・二六事件にも近しい人物であり、首謀者のひとりであった栗原安秀中尉と幼なじみであり、父も予備役の軍人でございました。交流があった青年将校の多くが刑死し、父も事件に連座して禁固五年になります。この時代のドラマに近しく関わったことも、斎藤史さまの作品変遷に大きく影響を与えたと言えるでしょう。

白い手紙がとどいて明日は春となるうすいがらすも磨いて待たう

これは、斎藤史さまの代表的な作品です。「白い手紙」「うすいがらす」という、モダンで現実ながらどこか幻想的な感覚。そして主体の「磨いて待たう」というきりりとしながら瑞々しい感覚が魅力です。

たそがれの鼻唄よりも薔薇よりも悪事やさしく身に華やぎぬ

暴力のかくうつくしき世に住みてひねもすうたふわが子守うた

大変モダンで華やかな歌ですが、これが二・二六事件を間近で見ていた歌人だと思うと、また読み方が変わって来ます。

斎藤史さまが二・二六事件を悪事と見ていたかは謎ですが、だからこそ、「悪事やさしく身に華やぎぬ」はただの耽美的ではない、独特の迫力を持っています。しかも比べられるのは「たそがれの鼻歌」と「薔薇」。吹けば飛んでいきそうなはかないものたちです。それより身に華やいだ「悪事」。そのニュアンスを深読みしたくなります。

二首目の「暴力の……」もまさにそう。どう読んでも、作者は本気で「暴力のかくうつくしき世」と思えない書き方をしているように感じます。「かく」と言った強調が芝居がかって見えるからでしょうか。そして自分はそんな暴力の美しい世に住んで、「子守うた」をうたうとおっしゃる。暴力の反対のような子育ての歌を歌いながら、同時に暴力を「うつくしき」と形容せざるを得ない。ここに、斎藤史さまが日本の昭和史と並走しながら歌を作って来られた形跡が感じられると思います。