「編集マン」としての役割
テレビの世界には、現場で撮ってきた映像を編集する「編集マン」という担当がいます。彼らは撮影現場には行きません。理由はさまざまありますが、「情が入るから」というのが理由の一つだと言われています。現場に行ってしまうと、何時間もかけて撮ったシーンや、取材交渉が大変だったシーンなどは、たとえ出来がイマイチでも「せっかくだから使いたい」と思ってしまいます。つまり、良い番組をつくることが目標なのに、自分たちの感情が入り、冷静な判断ができなくなるのです。そのため、編集マンは現場には行かずに、是々非々で映像を判断します。
実際に、僕と常に練習を共にするトレーナーや通訳とだけで話をしていると、「この練習をしてきたから」という感情が生まれてしまうため、そこで第三者の意見をもらうことはバランスを保つうえで欠かせません。彼には「編集マン」としての役割を期待しました。
実際に初めて会って話をする中で、僕は自分の現状を「マックスが159キロなので、平均球速は148キロくらいです」と説明したところ、彼は、少し不思議そうな顔で「159キロを1球投げられるということは、100球投げられるんじゃないですか?」と言ったのです。
もちろん彼も、本気でそう思っていたわけではないでしょう。彼が疑問に思ったのは「なぜ平均が148キロだと決めつけているのか?」という、僕の中にあった無意識の前提でした。そう言われてみれば、たしかに僕は「最大球速から10キロ前後マイナスしたあたりが平均球速になるものだ」と何の疑いもなく思い込んでいました。この最初の一言だけでも、僕の凝り固まった認識を溶かすには十分すぎるほどのインパクトがありました。思い込みを外しただけで球速が劇的に上がったわけではありませんが、思考の枠組みが変わった結果、僕の平均球速は現在154キロまで向上しています。
彼との対話は、僕に多くの気づきを与えてくれました。以前の僕は、夢は宣言したほうがいいと信じていました。しかし彼は「会社が外部に自社の目標を宣言することはほとんどありません。むしろ宣言すると『無理だ』と言う人が出てきたり、妨害する人も出てくるので言わないほうがいいケースが多いのです」と、ビジネスの世界の話を教えてくれました。この言葉を聞いて、僕は自分の考えを改めました。
また、目標設定が「一丁目一番地」で最も大切なことだとは理解していましたが、それに加えて、ビジネスで言うところのKPI(重要業績評価指標)を常に意識することの重要性を学びました。KPIが曖昧な会社は必ず衰退してしまうという話を聞きながら、僕は「菊池雄星という一つの会社」の社長という立場に自分を置き換えて、彼の言葉に耳を傾けていきました。
