なんとか仕事を終えて時計を見ると、もう十一時を回っていた。大急ぎで風呂に入ると、シャンプーが切れかけていることに気付いた。明日、忘れずに買わなければ。
 泡だらけの頭のまま、手が止まった。白髪交じりでパサついてうねっている。手入れを怠ったみっともない髪だ。他の同年齢の女性はもっと身ぎれいにしている。
 霧のグレイヘアは綺麗で、とても品があった。そう思うと、急に恥ずかしくなってきた。そうだ。明日、すこし高級なシャンプーを買ってみよう。アンチエイジングのやつがあるはずだ。ついでに化粧品も見てみようか。
 風呂から上がって台所をのぞくと、麻子がコンロを磨いていた。
「掃除してくれてたの。ありがとう」
「ううん。これくらいやらなきゃ」
 部屋から出てきてくれたことにほっとして、涙が出そうになった。ああ、麻子はまだ大丈夫だ。自分の意思で動こうという気持ちがある。生きる力が消えたわけではない。 
「……お母さん、今日は笑ってるね」
 麻子が驚いたような顔でこちらを見ていた。
「なんだかすごく嬉しそう。いいことあったの?」
 指摘されて途端に恥ずかしくなった。そんなに顔に出ているだろうか。
 今日、素敵な人に会った、と正直に伝えていいものだろうか。そんなことを言ったら引きこもっている麻子へのプレッシャーにならないだろうか。傷つけてしまったらどうしよう。
 すこし迷って正直に話すことにした。霧はあくまで仕事の関係者で、隠すほうが不自然だ。