死体は、生きていた

この日、私は10階建ての建物の前に車を停めた。ストレスをため、かなり神経を昂らせた様子の警察官が私を出迎えてくれ、「すぐに来てください。生きているんです」と言った。意味が分からず私が反射的に「えっ?」と聞き返すと、「生きています。救急車を呼びました。急いでください」と言われた。

急ぐために、私はエレベーターを待つことなく階段をのぼることにした。

『死体は語りだす:法医学医が読み解く「死者からのメッセージ」』(著:フィリップ・ボクソ 訳:神田順子/三笠書房)

しかし、2階に到達したときに、現場が何階であるのか知らないことに気がついた。

まあいい。扉が開いていたら、そこが現場に違いない。

現場は3階の一室―ワンルームタイプのアパート―であった。警察官に取り囲まれ、1人の男性が床に横たわっていた。私は皆に挨拶したのち、床に寝ている男性(ここではベルナールと呼ぶことにする)に、どうして寝転がっているのか、と尋ねた。転んでしまい、起き上がれなくなったのだ、との説明が本人からあった。

こうして会話が始まり、私はなぜ彼が転んだのかを理解しようとした。どこか具合の悪いところがあるのか、いつから横たわっているのか、転ぶことがしょっちゅうあるのか、と私が質問すると、具合の悪いところはない、痛みのあった股関節を人工股関節に置き換える手術を受けた後で転倒したのは今回が初めてだ、でも自分がどれくらい前から床に横たわっているのかは分からない、との返答があった。人工関節が脱臼してしまい、その結果としてベルナールはバランスを崩して倒れた、と推定できた。

床に散らばっている郵便物から推測するに、ベルナールは2日前から床に倒れていた[集合ポストのない建物だと、門番(清掃係を兼ねる管理人)が各戸のドアの下の隙間から郵便物を滑り込ませてくれる]。部屋の中を一瞥すると、床にはベルナールと郵便物以外にも「缶の死骸」がごろごろ転がっていて、ベルナールが安価なことで有名な某ブランドのビールの愛飲者であることが分かった。

私がこのような事実確認をしているあいだに救急隊が到着し、法医学医が自分たちよりも先に着いているのを知って目を白黒させた。通常は順番が逆だからだ。

私は気づいた点を救急隊員に説明し、ベルナールは最長で2日間は床に横たわっていたはずだ、と強調した。この点は重要である。冷たいタイルの床に転がっていたので、体温を奪われて低体温症になっている可能性があり、さらにはクラッシュ・シンドロームを発症している恐れもあるからだ。クラッシュ・シンドロームとは、建物の倒壊などで瓦礫の下敷きになるなどして血液の循環が妨げられ、皮膚組織が長時間にわたって酸素の供給を断たれた結果として起こる病態である。ベルナールのように、同じ姿勢で床に何時間も横たわっていても発症する。

救急隊はベルナールを医療機関へと搬送した。私の仕事は始まる前に終わっていたのだ(なお、ベルナールはその後、長寿をまっとうすることになる)。ベルナールが搬送されたのち、私は警察官らに、なぜ私が呼ばれることになったのかを尋ねた――。