死体現場に「光」がなかったわけ

さて、私の進行方向の左側に窓が取りつけられているこのアパートは、極めて不潔で散らかっていた。職業柄、私にとっては見慣れた光景である。私たちが部屋から部屋へと進むにつれ、悪臭は強まった。

このアパートに住んでいた薬物中毒者たちの現在の居場所を、警察はかなり容易に突き止めることができた。尋問に答えて彼らが説明したところによると、いつだったか記憶は曖昧だが、アパートに戻ると仲間の1人が首吊り自殺をしてカーテンレールからぶら下がっていた。警察沙汰は御免だったから、カーテンレールから死体を降ろすと、一番奥の部屋に運んで毛布を被せた。最初のころは、臭いがきつくなるにつれて被せる毛布の数を増やした。だが悪臭は耐え難くなり、彼らはアパートを引き払ったという。

『死体は語りだす:法医学医が読み解く「死者からのメッセージ」』(著:フィリップ・ボクソ 訳:神田順子/三笠書房)

奥の部屋に近づくにつれて臭いは強くなったが、同時に聞こえる音も大きくなった。昆虫の群れが立てるような音だ。

私はすぐに理解した。

蠅たちが大宴会を催している、と。

目的の部屋に入る前に、私はこのうれしくない道行の同伴者である鑑識に忠告した。

「今から扉を開けるぞ。口をぎゅっと閉じて、鼻をつまんでいろ。私が先に入って、窓を開ける。仕事に取りかかるのはその後だ」

部屋の中は真っ暗で、何も見えなかった。ブンブン飛び回る蠅の羽音が凄まじかった。足を踏み出すごとに、バキバキという音が聞こえた。床は一面、蠅の死骸で覆われていて、キチン質でできた殻が潰れると独特の音を立てるのだ。

日光が遮断されているので、カーテンがあるものだと思った。だが、窓までたどり着いて、手探りしてもカーテンはない。カーテンは見つからなかったが、窓の取っ手は見つかったので、私は振り向くことなく窓を大きく開き、何千匹もの蠅を外に出してやった。後頭部に蠅がぶつかるのを感じながら。

振り向いて部屋の中を見ると、あちらこちらに蠅の死骸があった。窓ガラスにも死骸がこびりついていたために、部屋が暗かったのだ。