「夫婦になるにあたり、〈私は何があっても講談は辞めませんけれど大丈夫?〉と、真っ先に念を押しました」(撮影:木村直軌)
落語や浪曲と並ぶ日本三大話芸として、400年以上の歴史がある講談。その世界で芸を磨く七代目一龍斎貞鏡さんは、世襲制ではない講談界において初の「三代目講談師」に。私生活では5児の母として東奔西走する彼女の挑戦とは。(構成:内山靖子 撮影:木村直軌)

前編よりつづく

家庭と仕事を両立すると決めたけれど

昨今は、「どこで講談を聴けるの?」と尋ねていただくことも増えました。ただ残念ながら、落語の寄席のように、いつでも講談を聴ける小屋や定席は少ないのです。各講談師が全国津々浦々の会場をお借りして、独演会や勉強会を開いています。

地方のイベントや催事に呼ばれることもありますね。6歳年下の夫と出会ったのも、上野にあるお寺さんから呼んでいただいたことがきっかけでした。

あの日は約50名のお坊さんを前に講談を申し上げたのですが、その晩、後に夫となる彼から「今日、3列目の右端に座っていた坊主です」と、連絡がきて。「みんな坊主なんだから、誰だかわからん」と思いつつ(笑)、そのやり取りを機に交際が始まり、結婚に至ったのです。

夫婦になるにあたり、「私は何があっても講談は辞めませんけれど大丈夫?」と、真っ先に念を押しました。その申し出を、彼も義両親も了承してくれたので、めでたく家族になったわけですが、1年後の18年に長男が誕生してからは怒濤の日々に突入。

そもそも夫は、電子レンジをチンすることもできない人でした。新婚時代は、夫に尽くす妻を演じている自分に酔っていたものの、親になればそんな悠長なことを言っていられません。