歌舞伎で馬の後ろ足を演じる武助を熱演。会場には笑い声が響いた

慣れない育児に追われてあたふたしていたある日、帰宅した夫が家の中を見て「汚い! 一日中何をやっていたの?」とポロリと言ったとき、「もういい!」と疲れきっていた《貞鏡山》が噴火(笑)。

怒り心頭で、自分の部屋にこもってスマホを手にすると、同輩や後輩たちが活躍する姿が目に入り、「私、このままでいいのかな?」と、涙がワーッとあふれてきました。講談と家庭生活を両立させると決めたのは自分自身だったのに、「もう何もしたくない」と、すっかり無気力になってしまったんです。

第二子である長女が生まれ、第三子をお腹に宿してからも、ちょうどコロナ禍で高座に上がれず鬱々とした日々を過ごしていました。そんな最中に、師匠である父が心不全で倒れてしまった。そして、そのまま帰らぬ旅路に赴きました。

霊安室で父に対面したときのこと。夫が「お父さん、今まで貞鏡を怒らずにあたたかく見守ってくださり、ありがとうございました。これからは俺がお父さんの代わりになれるように頑張ります」と言ってくれました。

その言葉を聞いたとき、私も至らなかったのだと気がつきました。父は私のいい面を伸ばしてくれたのに、私は夫の悪い面に目を向けて文句ばかり。自らの態度を改めたら、家庭生活が心地よく回るようになりました。

そもそも、女性の講談師が増えてきたのはここ30年のこと。それまでは、たとえ女性が入門を許されても「どうせ結婚、出産で辞めるんだから、稽古なんてつけてやんねぇよ」というぞんざいな扱いだったと聞きます。

その険しい道を大先輩である神田翠月先生や宝井琴桜先生たちが切り開いてくださり、今では女性講談師が約半数を占めるほどに。そんな先輩方が歩んでこられた道を汚さぬよう、私も後に続きたいと思います。