「雨の夜の相合傘」というあくどい記事
(四)
翌日私が家にいると××新聞社の社員で、千明秀作(ちぎらしゅうさく)という男がやって来て、逢いたいという。何の御用ですかと私が出て見ると、貴女は昨夜、三浦政太郎氏と九段の待合へいらっしゃりはしませんかという。私はとっさに驚きのあまり聲も出なかった。そうでないともそうだともいうことが出来ずにいると、
――間違いありませんね。
と念をおす。
――どうして三浦さんだとおっしゃるのです。
――私の方ではちゃんとしらべがついているんです。何なら記事を御覧になりますか。
「雨の夜の相合傘」というあくどい記事をつきつけていうのだ。とにかくしばらく待って下さい、いづれ何分の御返事しますからといっておいて私は藤井の所へかけつけて相談した。が、ただ困った困ったというばかりで、何のよい考えも浮かばなかった。どういう訳で、三浦と誤認されたのか知らないが、ここは貴女が僕だったということを釈明して下さいと私は泣いて頼んだのであった。それでなければ、三浦にあらぬ汚名を着せなければならないのだ。三浦は当時帝大の三浦謹之助内科の助手をしていて、三浦博士の秘蔵弟子だった。
――しかし、どうしたものかなあ。僕としても君にはすまないが、近近貰う女房迄きまっており、それに公職についている身だし、そんなことが世間に知れれば、自分の地位だってどうなるか解らないから、もう一度帰って御父さんに相談して見てくれないか。頼む。
というばかりだった。話を聞いた父も青くなって、とにかく三浦を呼んで相談して見ようということになった。
三浦は黙って話をきいていたが、
――とにかく、どこ迄も私が相手ということにして御置(おお)きになったらどうでしょう。
――え? しかし、それじゃ君に対して、あんまりすまないからね。
――どうせ結婚するということになれば、そうなったところで少しもおかしくありません。
――だが、君の御父さんは環を貰うのは、かねがね御不承知だと聞いていたがね。
――父は不承知ですが、話せば何とかなります。
――それは実に有難い気持ちだが、本当にそういってくれるのかね、君は。
――それで、環さんも藤井君も救われるならいいじゃないですか。
――しかしね。御承知の通りあれは音楽家だからね、或(あるい)は妻としての責任も思うように果たせないかも知れない。藤井との離婚も、つまりそれが原因なのだからね。そこの所は理解して貰えるのだろうね。
――それは無論です。僕はそんな無理解ではないつもりです。環さんは十分音楽家としての天分をのばして貰いたいし、それだけの自由は認めるつもりです。丁度僕も洋行したいところだし、環さんもドイツへ行くようにしたらどうでしょう。