「賃上げなき物価上昇」が教えてくれること
黒田総裁がこのような答弁をせざるを得なかった背景には、賃上げの欠如があった。2013年春闘の賃上げ率は1.8%にすぎず、慢性デフレの時期と大差なかった(下図を参照)。物価だけが先に上がり、賃金が上がらなければ、国民の不満が高まるのは当然だ。日銀はその圧力に押され、円安を抑制するような発言を余儀なくされた。
この事例は「物価を上げること自体はさほど難しくない。難しいのは賃上げだ」という教訓を残した。そして、賃上げがなければデフレ脱却は失敗することも教えてくれた。つまり、デフレ脱却の成否は賃上げの担い手である労働者・労組が「飛ぶ」覚悟を固めるか否かにかかっているのである。
現在は、このときと対照的だ。2022年春以降のインフレ局面でも、当時と同じく円安が大きな役割を果たした。円安による物価上昇に消費者が不満を募らせた点も共通している。だが今回は賃上げという点で大きく異なっていた。2023年春以降の3回の春闘では、4%、5%という高水準の賃上げが実現した(図参照)。そしてこの賃上げがインフレに持続性を与えてきた。
もっとも、賃上げはいまだ物価高に追いついておらず、その点への批判は根強い。とはいえ、もしクロダ・ショックのときと同じく賃上げが全く起きなかったなら、人々がこれほどインフレを許容することも、その持続性が確保されることもなかっただろう。もし賃上げがなければ、植田総裁が国会に呼ばれ、日銀が方針転換を迫られていた可能性すらあった。
こうした賃上げの動きこそ、筆者が労働者・労組をピーターパンに喩えた理由である。