生まれたばかりの青木さやかさん(写真提供:青木さやかさん)
青木さやかさんの連載「47歳、おんな、今日のところは「◯◯」として」が本日から配信されます。3月、弊誌掲載のインタビュー記事「娘に触れる母に抱いた嫌悪感。最期にわだかまりを解消しようとして」が話題になった青木さん。47歳の今だからこそ、綴れることはーー。第1回は、「47歳、おんな、今日のところは「娘」として」です。

評価を下し、価値観を押し付ける母

私には母がいる。好きではない母が。よりによってなぜ私にはこの女性が母として割り当てられたのだろう。子が親を選んで生まれてくるなら、私はよほど「今世で人を嫌悪しながらも他人になれない」そんな勉強がしたかったのだろうか。と考えたりもした。

私の母は、いい大学を出て、教師になって、若くて、綺麗で、字も美しかった。

母は私を褒めなかった。

「お母さん、ピアノの発表会で『エリーゼのために』弾けることになったよ」
「その曲、えりちゃんは去年弾けとったね」
「そうだね」
「えりちゃんと同じくらいにピアノ始めたのにね。発表会頑張りなさい」

母はなにかにつけ、評価を下した。

「さやか、この前の発言は80点だったね」
「なにかいけなかった?」
「よその家で、パパとママがケンカした、と言ったでしょう? みっともない」

母は私に価値観を押し付けた

「今日は雨だから嫌だね」
「あの人は大学出てないからいい仕事につけないんだね」
「あのおうちは離婚してるから、子どもがかわいそうだね」

私は母に従ってきたし、母を絶対だと思っていた。

そんな母は、私が高校生の時に離婚することになり、私は母がいうところの「かわいそうなうちの子」になり、「これまで、この人、何を私に教えてきたの?」となった。母への尊敬がガラガラと崩れだし、そうなると止まらなくなり、母でなく教師じゃないか、母ではなく女じゃないか、汚らわしい。となるのに時間はかからなかった。「私も母が嫌いなの」という友人が現れても、私のほうが絶対嫌い!と自慢できるほどだった。

だけど、こんなにキライでも、他人になることは私にはできなくて、埋まらない何かをオトコで埋めようとしてはダメで、次のオトコとなるがダメで。心のどこかで、本当はわかっていた。誰と付き合ったって、ダメって。それなのに、次のオトコに期待した。