『同行二人』で反省した昭和の押し売り
私が幼い頃は、住んでいた住宅街を八百屋さんや魚屋さんなどが御用聞きに回っていた。昼間は家にいる専業主婦が多く、門にも玄関の引き戸にも鍵をかけない家ばかりだった。
私の自宅にも『押し売り』がたびたび来て、自ら玄関の引き戸をガラガラと音を立てて開け、「奥さん、ゴムヒモはいりませんかね」とか言い、玄関の廊下に座り、大きなカバンから商品を取り出したり、手に持った風呂敷を広げて商品を見せたりした。主婦を脅すような人は来なかった。
私は母の横に座り、商品を見ていると、「お嬢ちゃんくらいの小さい子供がいるんですが、妻が病気で寝込んでいて…」とか、気の毒な身の上話をする人もいた。母は嘘の話だと思っても、買わないと帰ってくれないので、同情するふりをして、何かしら買っていた。
ある日、「ごめんください」と言う声がして、痩せた男性が玄関の引き戸を開けて入ってきた。男性は「奥さん、何か買ってくれませんかね」と母に言った後、玄関の左側の壁に掛けてある額を見て、立ったまま動かなくなった。
母は驚いて、「どうかしましたか?」と尋ねると、男性は、「同行二人(どうぎょうににん)ですね」と、額に入った色紙の文字を読んだ。
「得意先の方が、主人にくださったのです」と話す母に、男性は「失礼しました」と言い、深々と頭を下げてから、背中を向けて帰ろうとした。
母はあっけにとられながら、「『同行二人』が、どうかしたのですか?」と聞いた。男性は再び母の方を向き、目のあたりを手でぬぐった。
「女房が俺の両親と畑を耕しながら、田舎で俺の帰りを待っているのです。俺は東京で大儲けをしようとして、人様の役に立たないことばかりをしてきました。女房に恥ずかしい。『同行二人』の言葉に目が覚めました。田舎に帰り、人生をやり直します」と涙声で話し、再び母に頭を下げ、色紙に向かって手を合わせて拝んでから帰った。
