写真提供:『愛し、愛され。』(毒蝮三太夫、玉袋筋太郎:著/KADOKAWA/撮影:榎本壯三)

いまの日本には「遊び」がなさ過ぎる

毒蝮 実は俺もKADOKAWAから、『人生ごっこを楽しみなヨ』(2017年刊行)という新書を出したことがあるんだけどさ、その本にも書いたんだけど、最近の日本からは「ごっこ」がなくなっている気がしているんだよ。

玉袋 「ごっこ」って、「お医者さんごっこ」の「ごっこ」ですか?

毒蝮 どうして、そんな卑近なたとえしか出てこないのかね、おまえは。「ウルトラマンごっこ」とか「仮面ライダーごっこ」とか、いくらでもあるだろ。

玉袋 あぁ、そういうことですか(笑)。最近の日本は「ごっこ」がなくなってきているんですか?

毒蝮 俺がいいたいのは、「人生ごっこ」というか、もっとユーモアや諧謔が入る余地がほしいということなんだ。例えば、江戸時代にはもっと人生を面白がって生きている庶民がたくさんいたはずだよ。

でもいまはちょっとでも浮気をすりゃ、「不倫だ」「はしたない」「ゲスだ」と大騒ぎをするだろ? 当事者ならわかるよ。だけど、マスコミをはじめとする無関係な連中までもが一緒になって大騒ぎをしている。

玉袋 いまの日本では、芸能人、政治家のスキャンダルは完全に娯楽化、エンターテインメント化していますからね。俺だって芸人のはしくれだ。別にやましいところはないけれど、いい迷惑だよ、ほんと。

毒蝮 玉はやましいことだらけだろ(笑)。それはともかく、SNSの発達で、まったく無関係の連中までもが寄ってたかって集団で叩き潰そうとするのも現代の特徴だよな。いわゆる社会的制裁を喰らわすわけだけど、なんの権利があってそこまで卑劣になれるんだろうな? 要は心に余裕がないんだよ。

それを俺は、「遊びがない」「人生ごっこがない」といっているんだよ。なんでもかんでも大真面目にものごとを捉え過ぎているんだ。もう少し、「ごっこ遊び」があってもいいじゃないか。もっと笑って受け流してもいいじゃないか。