助けを求めようと連絡した先は
2011年、東京都監察医務院のデータをもとに、全国の孤立死数の推計を行ったニッセイ基礎研究所の報告書は、死後変化と発見までの日数から孤立死の定義を検討している。それによれば「一般的に死後24時間程度を経過したころから腐敗が開始し、24〜48時間経過すると腐敗を原因とした変色がみられ」るという。また、近隣住民への心身の健康や環境衛生面の問題はもとより、特殊清掃にかかる費用や不動産価値の低下など、社会的、経済的な負の影響を考慮すれば、死後2日以上を「孤立死」の一つの基準と考えてもよいと整理している。この数字は、2025年のWGの取りまとめとは大きな差がある。
また、臨終の間際、誰かがそばにいたとして、その死は孤立していなかったと言えるだろうか。
2022年の毎日新聞の記事によれば、夫婦や親子のいずれもが亡くなった状態で発見されるケースが、都内だけで117世帯(234人)確認されているという。世帯構成別では、夫婦が62世帯、親子が40世帯、きょうだいが15世帯だという。さらに、推定される死因は、2人とも病死が72世帯144人、心中や無理心中が29世帯58人、1人が自死し、その後1人が病死したケースが16世帯32人であった(毎日新聞2022年6月12日)。
ある福祉関係者が、社会から孤立した親子にまつわる話をしてくれた。自宅で母親が熱中症で亡くなってしまった。娘は成人していたが障害があった。娘は誰にも相談できず、どうしていいかわからずに、そのまま1週間ほど放置したのだという。しだいに遺体が腐敗し、ひどい悪臭にたまらずパニックになった。助けを求めようと連絡した先は、以前サービスを受けたことがある携帯ショップの代表電話だった。
娘は障害者手帳を持っていたことから、少なくとも行政とのかかわりはあったはずだった。にもかかわらず、とっさに思い出した人が、親類はもとより、行政でも、地域の人でもなく、かつて優しくしてくれた携帯ショップの店員だったというのは皮肉な話である。とはいえ、この事例は、現代社会のありようを象徴しているようにも思う。ともに生活する家族がいても、その家族が丸ごと社会から孤立している。その死をどう評価すべきだろうか。
このような、堂々巡りの議論が今なお繰り広げられ、日本の孤立死をめぐる定義はいまだ揺れつづけている。
※本稿は、『単身高齢者のリアル ――老後ひとりの住宅問題』(筑摩書房)の一部を再編集したものです。
『単身高齢者のリアル ――老後ひとりの住宅問題』(著:葛西リサ/筑摩書房)
貯蓄があっても賃貸に入居できない? 持ち家でも安泰とは言えない?
老後ひとりの「最期の居場所」をみつけるのは、こんなにも難しい。
孤独死予備軍が急増する今、単身高齢者の住まいを保障する社会の仕組みを考える。




