内館牧子(うちだて・まきこ)
1948年秋田県生まれ。武蔵野美術大学卒業後、会社勤務を経て、88年脚本家デビュー。『ひらり』『毛利元就』など数々のドラマの脚本を手掛けながら、2000年から女性初となる日本相撲協会横綱審議委員を約10年間務めた。03年に東北大学大学院入学。高齢者を描いた小説『終わった人』『今度生まれたら』『すぐ死ぬんだから』『老害の人』が話題を呼んだ(撮影:宮崎貢司)
1948年秋田県生まれ。武蔵野美術大学卒業後、会社勤務を経て、88年脚本家デビュー。『ひらり』『毛利元就』など数々のドラマの脚本を手掛けながら、2000年から女性初となる日本相撲協会横綱審議委員を約10年間務めた。03年に東北大学大学院入学。高齢者を描いた小説『終わった人』『今度生まれたら』『すぐ死ぬんだから』『老害の人』が話題を呼んだ(撮影:宮崎貢司)
亡くなったという実感がまだないけれど
ここ数年は、内館さんの足腰の衰えが気がかりでした。9年ほど前に転んで右足の指5本と足の甲の骨を折ってしまい、あまり歩かなくなっていたんです。原稿の書きすぎで、首がストレートネックになったとも聞いたので、それも心配でした。
私は膝痛で歩くのが大変になった時に、毎日ストレッチをしたらよくなったから、「毎日、運動したほうがいいよ」と言ったけど、「素人考えより、お医者さんを信じる」とか言って聞き入れてくれない。
首も週に1回くらいはリハビリに通っていたみたいだけど、そのうち歩くのもつらくなり、階段を昇れないからと、プロレス観戦にも行けなくなってしまいました。
彼女は意志堅固で、絶対に自分を曲げず、妥協もしない。でも、周りの人は不快に感じないんだから不思議よね。私なんか妥協だらけの人生ですから(笑)。そういう点も、まったく違う。でも、妥協しないからこそ、あれだけすばらしい作品を生み続けられた。それが、内館牧子の内館牧子たる所以でしょう。
私たちは2人とも物書きですが、ジャンルが違っていたのもよかったのかもしれない。私が脚本家だったりしたら、ライバル心とかが生まれてしまって、ここまでいい関係は築けなかったかもしれないから。
同じ考えの人と話していると、「そうだよね」「そうだ、そうだ」と言えるからラクではある。とくに歳をとると、違う考えを持っている人と一緒にいるのは疲れるでしょ。
でも、これだけ友人として長く付き合っていると、もはや違いが気にならないというか、違いが面白かったんだなと思います。今から30年、誰かと関係を積み上げることは絶対にできません。だから本当に、彼女はかけがえのない大事な友人だったのです。