昨年2月の対談で、彼女が「私は自分がイヤだと思ったことは何ひとつやっていない。全部自分で決めてきた」と言って、私は「私なんか、少ない選択肢の中から選ぶしかなかったよ」と返しました。
60歳で倒れた時のことも、「やり残したことは何もない。今死んでもOKと思った。それが60歳以降、自分の芯となった」と語っていたけれど、本当にそうだったのかな。まだまだやりたい仕事があったんじゃないかなと思っています。
最後に入院していた数ヵ月の間、会うことも話すこともなかったから、正直、亡くなったという実感がまだありません。私の記憶には、対談で会った時の元気な姿と、黄色のジャケットだけが鮮明に残ったままです。
今年1月4日に東京ドームでは、柔道の金メダリストからプロレスラーに転身したウルフアロン選手がデビューしました。内館さんはこのデビュー戦をどう見たのか聞きたくて、電話をかけそうになってね。でも次の瞬間、「あぁ、もういないんだ」と気づいて――。
大事な人がいなくなってしまう。これが、歳をとることの寂しさなんでしょうね。共通の楽しい思い出が山ほどあるのに、「そういえばあの時さ」と話そうにも、もういない。
こういう寂しさを彼女は味わうことなく逝ってしまって、ちょっとズルいなって恨めしく思うんです。

