2003年 子ども嫌いな保母さん「さやか先生」のネタの時の1枚。当時多くのご批判をいただきました!(写真提供◎ワタナベエンターテインメント)
青木さやかさんの好評連載「47歳、おんな、今日のところは「◯◯」として」ーー。青木さんが、47歳の今だからこそ綴れるエッセイ。母との関係についてふれた第1回「大嫌いだった母が遺した、手紙の中身」が話題になりました。第3回は「〈女芸人〉として・後編」です。

〈前編よりつづく

有名人って大変だと知る

こうして「青木さやか」は、見ない日はない芸人さんになる。当時、女ピン芸人というと、友近さんやだいたひかるさんと比べられることが多かったが、私はそもそもネタを量産することができなかったし、もしネタで勝負する形をとっていくと、即息切れして残ってはいけないとわかっていたので、ネタに関しては自分の意思で早々にやめさせていただいた。

とはいえ、じゃあ青木さやかってなに? というと、これです、とか、これやりたいです、みたいなことがしばらく見当たらない。何しろお金がいる、というスタート。そして有名になって、みんなが私を知ってくれたら寂しくなくなって、埋まらない心の穴が埋まるのかな、と思ってのスタート。

だけどそんなことはまったくなく、逆に世の中の人が自分を知っているという怖さと煩わしさの方が勝り、有名って大変だと思い知る。私はバカだ、想像というものができない。なってみて初めてわかる。

ごちゃごちゃと考える日々は続くが、マネージャーさんの指示にしっかりとついていく。

「青木さやかといえばキレキャラ」が定着した。

打ち合わせで言われるのは
「ちょっと怒っていただいて……」。

カンニング竹山さんとテレビで共演すれば、カンペは
「竹山キレて」「青木キレて」が順番に出されたりした。

私たちは交互にキレて、最後お互いキレて、私が竹山さんをビンタし、竹山さんのメガネが飛び、それを私が拾って「ごめんね」と返し「いいよ」と竹山さんが受け取る、という流れを2人で作って何度もやってみたが、私の記憶では、どの番組のスタッフさんにもハマらなかったようで、オンエアでみた記憶はほとんどない。

私は余裕はないし悲しいし、「理由もなくキレたくないんですよ、なんでわかってくれないんですか?」と、結局打ち合わせで一番キレている、という、俯瞰でみるとそっちがコントみたいな毎日を過ごすことになる。わかってほしくて怒る、という感情の出し方しかできなかった不器用でかわいそうな青木さやかである。

「青木がキレてると面白いよ。あんなに怒って面白いってすごいよ」

尊敬している先輩に言われると嬉しかったし、確かになあと思った。