電話を切ったあと口を閉ざした母。どれほど悔しかったかは、母のふたつの握り拳でわかった。乾燥した手の甲には血管が浮き上がり、小刻みに震えている。私が差し出した座布団に座りながら、母がぽつりと言った。

「あなたとお父さんで行ってらっしゃい。私は家でおじいちゃんと待っているから」

私は「お母さんの姪の結婚式だよね。お父さんと私が出席しても、おばさまも困ると思うよ」と言い、同意を求めて父を見る。しかし父が発したのは、「俺は介護なんてしたことがない。わからないし、やりたくない」という一言だった。

祖父は父の実父だ。介護が嫌な気持ちはわかる。けれど、この状況で母にそれを言うのは違うのではないか。結局、親戚2人を誘って私だけが出席し、父と母は家に残ることになった。

後日、母は市役所の窓口に今回の件を相談したという。担当者は驚いて謝罪してくれたようだが、今さらどうにもならない。

私たちが介護サービスの内容をきちんと理解していたら結果は違ったのかもしれないが、あの夜、「延長できない」という事実よりも「連れて行けばいい」という一言が母の心を深くえぐった。

介護者を支援する職に就いているとはいえ、スタッフの全員が介護現場に理解があるわけではないこともわかる。しかし、たった一言が人の気持ちを大きく疲弊させ、傷つけることもあるのだ。

結婚式から数年後、祖父は他界した。介護を終えた母は、残された人生を悠々と楽しんでいる。いろいろなところへ出かけ、姪夫婦にも会いに行ったと聞いた。私は祖父の介護をやり切った母を誇りに思っている。