アメリカン・ドリームの幻想
そんな彼がアメリカン・ドリームの幻想を抱いた。つまり「人は平等に生まれついており、誰もが幸福追求の権利と成功のチャンスがある」を信じて、その実現に人生を費やしたのだろう。何年も「犬みたいに働いてきた」挙句、金持ちにはめられ、借金まみれに。
人生投げうつ覚悟で不動産ローン会社(メリディアン・モーゲージ)に乗り込み、社長を拉致するつもりがカリブ海にバカンスだったもんで、出てきた息子を拉致。普通ならすぐに射殺もんですが、彼が撃たれて倒れれば、ワイヤーが引き金を自動的に弾いて、人質も死ぬ仕組みを作ったものだから警察も手を出せない。原始的だけど、よく考えた装置です。
結果、無名の市民の犯罪者のために、人気ラジオ番組が電話出演枠を作ったり、FBIが出てきたりと、全米を巻きこんでの大騒ぎに。
いわゆる「事件の劇場化」というのが行われたわけで、彼はプロデューサーを目指していたら成功していたんじゃないでしょうか。
映画を見進めるうち、彼の人生をかけた犯罪がやがて全米を、そして私たちの心をとらえていくのはみものです。だって彼は犯罪者なんですよ?いくら騙されても、復讐したり犯罪したりしないのが、近代以降の社会のルール。その掟破りをする彼に、不思議なのですが、いつの間にか肩入れしてしまうのです。
実際、事件当時もそういうムードがあり、彼を擁護する人、非難する人半々だったようですが、彼に共感する人は本当にたくさんいたのだろうと思う。なぜなら私たち自身も「犬みたいに」働いて、でも報われない人生を生きているから。それでも「十分幸せだったんだ」というトニーの言葉には、観ていて胸が熱くなります。対する不動産会社社長のいかにも金持ちらしく、いやらしいことったらなくて!! だから、私たちはいつの間にかトニーに肩入れしてしまうんでしょうね。「あんな嫌な金持ちになるんなら、正直な貧乏人として小さな幸せを大切に生きていこう」と思います。
