世間から「大丈夫?」と思われがちな生涯独身、フリーランス、50代の小林久乃さんが綴る“雑”で“脱力”系のゆるーいエッセイ。「人生、少しでもサボりたい」と常々考える小林さんの体験談の数々は、読んでいるうちに心も気持ちも軽くなるかもしれません。第64回は「伯母の終い」です。
伯母よ、さようなら
昨年、父方の伯母が入居していた老人ホームで、82歳の人生の幕を下ろした。突然死ではなく、医師からは何度か余命宣告をされていたので、なんとなく心の準備はできていたつもりでいたけれど、やはり寂しい。彼女について書きたいことはたくさんあるけれど、今回は伯母の終いについて書く。なぜかといえば、彼女の最期は私が今まで見たことのないシチュエーションだったから。伯母は自分の死に対する準備はとても潔く、生前に「延命」「葬儀」「戒名」はすべて拒否、自分の訃報も私たち家族(父、母、妹)以外は必要ないと残していたのだ。
伯母は50代で30年以上住んだ東京から、両親(私の祖父母)のいる静岡県に帰郷していた。ちょうど編集者を志して上京した私と入れ違いだったので、社会人になってからは会う機会も減っていた。それでも伯母と姪の関係とはフワフワの食感のスフレチーズケーキのようなものであって、ほどよく甘く、特別なもの。親には言えない悩みも、こっそり彼女には打ち明けられる唯一の大人だった。思い返すと物心がついてから、ずっと私のあこがれの女性だった伯母。東京に住み、おしゃれで、手に職があって、2度ほど結婚もしていた。40代ごろからは独身になっても、いつもモテていた。
「久乃ちゃんは好きな人はいないの?」
「いないよう。おばちゃんは?」
「いるよ。ほら、この人。桜井くんっていうの」
そう言って、何度か恋人の写真を見せてもらったことがある。ちなみに桜井くんはスキーウェアを着て、雪山にいる写真だった。
