仲間の見送り
棺と火葬場までの移動をお願いした葬儀屋が、伯母をてきぱきと棺に納めて、老人ホームとの別れの儀が始まった。とはいっても今まで世話をしてくれたスタッフさんたち数人が、交代で手を合わせて、花を棺に飾るのみ。ほかには男性の施設長と、その部下の女性がひとり喪服で参列していた。あくまでも「立ち会い」といった雰囲気で、お経の流れる葬儀の物々しい雰囲気はない。ちなみに施設長は1年を通じてほぼ毎日のように通夜、葬儀があるらしく、会社のロッカーには数着の喪服や数珠、靴などをスタンバイさせているとか。世の中にはいろいろな仕事があるものだ。
1時間ほどで施設スタッフさんたちの挨拶は終わった。ちなみに父は挨拶の間、メジャーリーグの試合を観ていた。挨拶の間、隣で「野球、野球……」と、ブツブツ文句を垂れていられるのも耳障りだと、彼の野球狂に根負けした私がテレビの前に連れて行った。ふん。
伯母が棺に入って、住んでいた部屋を離れる時間が訪れた。不意にぶわっと込み上げるものがあり、急に彼女との思い出が脳内に映像になって去来、涙があふれた。これまで数人の血縁や友人の死を見届けてきたけれど、本当にキツい別れはその場で泣けないことを知っている。今、泣けるなら幸せかもしれないと家族の目も憚らずに泣いた。バイバイ、おばちゃん。
遺体を納めた棺は食堂に運ばれた。そこには彼女と同じ施設の住人の老人たちが待っている。キリスト教に関連した施設だったので、住人が亡くなると聖歌を歌って見送るのが恒例とか。とはいえ、ほとんどが伯母と同じ認知症の後期高齢者で、各々の車椅子に座っていた。
とはいえ、皆、同じようなシチュエーションで、亡くなっていく隣人たちを頻繁に見送っているのは、心持ちが不安にならないのだろうか。
改めて棺の向こう側にいる風景を見渡すと、住人たちは歌ったり、歌わなかったり、寝ていたりと自由にしている。ああ、そうか。もう天寿をまっとうした伯母と同じで、認知症が進んだ高齢者が介護つきで住む老人ホームなのだから、他界に対する感情が磨耗しているのかもしれない。でも、これも寂しい。戦後に踏ん張って生きてきた人たちなのに、人生の去り際がぼんやりしているなんて……と、感傷的になってしまったけれど、順当に旅立っていくのなら、未来の自分の姿かもしれない。
「俺は疲れちゃったなア」
隣から聞こえる父のぼやきに次いで、母の「もうちょっとだから!」という、宥めるささやきで我に返った。まずは自分の死よりも両親だ。
