別離の時

亡くなる数年前から、何度か「まずいかもしれない」と連絡を受けていたので、その日に向けて喪服を新調していた……のは間違いないけれど、正確に書くと母親が20代で用意してくれた喪服は、中年体型に成長した私にはサイズアウト。バブル期のボディコンワンピースのように、ピッチピチ。人前で喪服に亀裂が入る危機を回避するために、自分で喪服を購入した。ケープがボディーラインをカバーしてくれる、普段も着られそうなデザインを選んだ。

2025年秋某日。なんとか仕事を終えて新幹線に飛び乗った私は、初めて袖を通す喪服を着て、伯母が70歳から入居していた老人ホームの一室にいた。冷たくなった伯母は施設スタッフさんたちのおかげで、化粧をしていてとてもきれいだった。手を合わせて冥福を祈りながら、お礼を言う。

(おじいちゃん、おばあちゃん、おばちゃんがそっちに行ったよ)

イメージ(写真提供:Photo AC)

部屋にいたのは家族4人のみ。このメンバーで気になったのは父である。彼も伯母と2歳違い、病気もあって介護認定つきの立派な後期高齢者で、最近は足取りも遅い。ただ口だけは達者で、朝から晩まで世話をする母に話しかけて、テレビに向かって独り言ばかりをつぶやいている。実姉との別れという特別な日なのに、自宅を出る際にも喪服の黒ネクタイと杖を忘れていた。80代とはこんなものだろうか。

「大谷の試合、どうなったかなア、見たいんだよなア」
「お父さん、いい加減にしなよ!」

廊下に私の怒鳴り声が鳴り響いた。姉との今生の別れよりも野球観戦とはなにごとだ。