おばあちゃんは資産家だったのか

名古屋へ行くのは月に1度と約束したのに、翌月には「2回来てくれ」、それが「1週間いてくれ」になり、さらには、「名古屋に住んでくれ」とエスカレート。もうムチャクチャ。まあ、おばあちゃんとの約束なんてこんなもんです(笑)。

それで話し合って、というかお願いして、月~木は名古屋、金土日だけ東京で仕事をさせてもらうことにしました。「自分は名古屋のこの家に就職したんだ」と思うようにしたのです。

通い始めて1年、おばあちゃんが、帳簿や印鑑、通帳を「全部まかせた」と僕に預けてきました。おばあちゃんが資産家であることを認識したのはこの時です。それまでは「おばあちゃんは大家さん」とは思っていたけれど、のちにこの資産を自分が相続するなんて、想像もしていませんでした。

当時、週末しか仕事ができない僕には、お金が全然ありません。名古屋と東京を往復する交通費もそれなりにかかります。それで、おばあちゃんに「お小遣いを多少いただけませんか?」と聞いたら、「お金が必要なら仕事をしなさい」と、厳しいことを言う。月~木は名古屋にいるから難しいと交渉したら、じゃあ会社の経費から捻出しなさいと。それでやりくりして、月に数万程度の収入を得ることになりました。

僕が本当にやりたいのは、不動産管理ではなく芸能の仕事。しかしおばあちゃんから、「食っていけないから、ミュージシャンだけはやめたほうがいい」と言われてしまった。“就職先”であるおばあちゃんの言葉は絶対です。

それで何かないかなと考えた末、思いついたのが、カスタネットパフォーマンスです。動画を投稿したら、テレビ番組で取り上げられて話題になり、それをきっかけに大手芸能事務所に所属することに。カスタネットばかりでなく、俳優の仕事も舞い込むようになりました。

それからは、東京では芸能活動、名古屋では不動産管理。養子に入ってからの4年間はこの両立で頭がいっぱいでしたね。そして2012年、おばあちゃんは高熱を出して入院し、3ヵ月後に90歳で帰らぬ人に。ここで初めて、遺産を相続するのは僕だけだと知り、頭の中が真っ白になりました。総資産額15億円という莫大な金額。そして膨大な量の課題が僕に降りかかってきたのです。