それまで朝夕の散歩をしていたのが、暑さにへこたれて、夜の散歩に切り替えた。十一時頃になるとやっと二十九度に下がる。ところがそれに慣れちゃって、冬になっても昼間の散歩に行きたがらなくなった。行こうとすると、頑として動かない。いつまでもそこらの草のにおいを嗅いでいる。「ほら、クレイマー」と声をかけると、「草とにおいの研究をしているのだ、じゃましないでもらいたい」みたいな顔で嗅ぎつづける(なんだか、死んだ夫の声が聞こえてくるようだ)。

「クレイマー、行こうよ」とうながすと、坐り込んで頭を掻く。リードをひっぱると、頭を低く、首を硬くして、上目遣いであたしを見て、四肢を踏ん張って抵抗する。いかにも頑固で老獪な拒否のしかたに、あたしはうんざりして「そんならいいわよ」ということになる。後は家の中で寝ている。おしっこに出たって直帰である。

ぐんぐんと彼の筋力が落ちてきたのをあたしは感じ取っていた。あたしはズンバに行くが、クレイマーはズンバに行かない。その上陽に当たらない。ビタミンDを得るには日光浴と、こないだ骨粗鬆症についての講習会で聞いたばかりだ。

クレイマーは仔犬の頃から水遊びが大好きだった。ちょっとでも水が流れていれば飛び込んでいった。カリフォルニアにはちゃんとした川はなかったから、近所の川に、最初に飛び込んだときの、うれしそうな表情は忘れられない。ところが去年の夏は、河岸に下りるのはできても、階段を上がって土手の上に戻るのが一苦労だった。それで、暑くなくなった後、段々の多い山歩きにも、連れて行かなくなっていた。

山歩きには二時間かかる。その時間を仕事できるというのは、つねに仕事でいっぱいのあたしにはとってもありがたかった。でもこうして獣医のひとことで気がついた。このまま老いさせてたまるものか。

あたしは日中の散歩を再開した。車には素直に乗るから、近くの公園まで連れて行く。降りると、素直についてくる。それでぐるっと歩く。日に当たる。足腰を動かす。やってみれば、クレイマーの老いも、頑固な拒否もあったけど、それを口実に楽をしようとしていた、あたしの問題でもあったのだ。