あたしが「おいで、クレイマー」「Good boy、クレイマー」、そんなふうに呼びかけるから、犬と飼い主の関係に寄りかかって、散歩をあきらめてしまうのだ。いっそ犬と思わずに、父のような、夫のような、ひとりの高齢者と思ったらどうか。
伊藤さん、あとちょっとですよ。
伊藤さん、がんばりましたね。
伊藤さん、あっちのにおいもよさそうですよ、行ってみましょうか。
伊藤さん、とヘルパーさんたちに呼ばれていた父の老い果てた頃のことを思い出した。老い果てた父と向き合い始めて、数年かかって会得した心得を思い出した。
それは「父ノ意思尊重セヨ」。
父のためによかれと思って、こっちでぐいぐいすすめていくと抵抗される。父の思いを聞き取って、尊重していくことが、いちばんスムーズに、父の「生きる」をサポートすることにつながっていくのだなあ、と。もちろん父よりあたしのほうが情報もアイディアも多かったから、最終的にはあたしの考えたようにしたかったが、それでも父には、俺のことだという意識と、本人ならではの不安と、そして、尊厳があった。
犬は犬で、死ぬ老いるについての不安は持たない。でも犬なりに尊厳はある。今までふたりで生きてきたのだから、最後までふたりで生きる。もちろん周囲にチトーやら猫たちやら、いろんな「生きる」がうごめいているけれども。
『対談集 ららら星のかなた』(著:谷川 俊太郎、 伊藤 比呂美)
「聞きたかったこと すべて聞いて
耳をすませ 目をみはりました」
ひとりで暮らす日々のなかで見つけた、食の楽しみやからだの大切さ。
家族や友人、親しかった人々について思うこと。
詩とことばと音楽の深いつながりとは。
歳をとることの一側面として、子どもに返ること。
ゆっくりと進化する“老い”と“死”についての思い。






