「知のスタンダード」がここにある
池上 実際、「自分は教養が足りないのではないか」という思いを抱えている人は、多いと思うのです。
佐藤 だから、「池上特番」の需要があれだけ高い。(笑)
池上 いやいや。そういう教養を身につけるのに、中学の教科書というのは、本当に役に立つわけです。生徒ではないのだから、自分の興味関心や「足りない」と感じるところを選んで学べるのも、いいところ。例えば、アメリカで発生した事件をきっかけに人種差別反対の大きなムーブメントが起こりましたが、「そもそも黒人差別とはどういうものか」も、中学の教科書を繰れば出てきます。
佐藤 やはり日本の義務教育は捨てたものではなくて、どこに出しても恥ずかしくない「知のスタンダード」を、確実に習得できる仕組みになっているんですね。
池上 中学の教科書を改めて読み直す意義は、単にかつての記憶を復元するにとどまりません。さきほどから述べているように、書かれている中身は、時代とともに大きく変わりました。それを吸収することにより、現代的なスタンダードに沿った「知的再武装」を図れるのです。
「This is a pen.」よりビートルズ
佐藤 「再武装」は、実用的でもあります。国語の対極で、もっとも色合いが変わったのは、英語の教科書でしょう。われわれ「This is a pen.」世代には信じ難いことに、1年生の教科書(東京書籍)がビートルズの「Hello, Goodbye」から始まります。
池上 今の子どもたちが、小学校から英語を学んでいるということもあるのでしょう。中身は、とにかく会話重視。「日本の英語教育ではしゃべれるようにはならない」といまだに言う人がいるのだけど、実際に読んでみてもらいたい。
佐藤 読み書きよりこんなに「会話」に偏っていいのか、という問題はあるにせよ、実生活では非常に役に立ちます。コロナ問題が収まってから海外旅行に出かけるとしても、中学英語でまったく問題なし。ネットショッピングで海外の人間とメールのやり取りができるくらいの力は、楽につけることができます。
池上 出てくる例文自体が、超実用的ですから。
佐藤 つけ加えておけば、このように一所懸命学ぶ動機づけをしてくれる教科書ですが、昔に比べて中身がやさしくなったわけではありません。
池上 やさしいどころか、中学で習うことのレベルは、われわれの時代より間違いなく高度になっていますよ。
佐藤 あえて親の世代の方に申し上げておくと、ぜひ教科書を手に取って、そのことを再認識してほしい。小学生とは違い、中学生の子どもに学習内容について質問されても、答えるのは困難である、と自覚してもらいたいのです(笑)。仮に子どもが勉強に行き詰まっていたら、必要に応じて塾に頼るとか、今回のコロナ禍で注目されたオンライン型の補習を検討するとか、そういう割り切りも必要だと私は考えます。
【池上さん×佐藤さん対談で読む教育問題】