「私は、ゆとり世代の人たちを揶揄したり、自ら変なコンプレックスを抱いたりするのは、非常に問題だと思うんですよ。」(池上さん)

「ゆとり教育」は失敗だったのか

池上 教科書が変化してきたように、教育制度も「変革」を繰り返しました。たとえば『婦人公論』読者には、子どもがいわゆる「ゆとり世代」(1987~2004年生まれ)だという方もいらっしゃるでしょう。世代の最後のほうの子たちが、今高校生、大学生くらい。

佐藤 ゆとり教育の象徴が、円周率は「3.14」ではなく「3」でいい、という伝説です。

池上 私に言わせれば大嘘で、教科書にはちゃんと3.14と載っていたのです。学習の順番のせいで円周率を扱うタイミングでまだ小数点を習っていなかったので、「とりあえず3でもいいよ」と学校で教えたのを、某大手進学塾が「公立に通わせたら、こんないいかげんなことを教えられるから、私立を目指しましょう」というキャンペーンに利用したんですね。事実、そこから受験産業が伸びていったわけです。

佐藤 学習指導要領の位置づけが180度転換したのも、この時期です。それまでは、「この範囲内で教えなさい」だったのが、「これは最低基準です」という“ミニマム”になってしまった。だから、受験校が好き勝手に教育の「先取り」を始めて、ゆとりと言いながら、結果的に教育格差を生んだのです。

池上 そうなのですが、それは「ゆとり批判」が生んだ副作用で、ゆとり教育自体の問題ではありません。私は、ゆとり世代の人たちを揶揄したり、自ら変なコンプレックスを抱いたりするのは、非常に問題だと思うんですよ。

佐藤 親御さんたちにも、コンプレックスがあるかもしれません。

池上 ゆとり教育で学力が低下したという明確なエビデンス(証拠)はありません。一方で、浅田真央、錦織圭、羽生結弦、大谷翔平、高梨沙羅といった世界で輝く個性が、この世代から多く出ているじゃないですか。劣等感を覚えている人がいたら、あの教育環境で得たものがこれから花開くかもしれない、とポジティブに捉え直してほしい。それが私からのエールです。