佐藤優さん(左)と池上彰さん(右)。今回2人が読みくらべた教科書は54冊(撮影:本社写真部)
国内外のニュースや時事問題をわかりやすい言葉と鋭い視点で解説する池上彰さんですが、その知識のほとんどは、小中学校の教科書から得たものだといいます。作家の佐藤優さんも中学の教科書を高く評価していると知り、「2人で中学の教科書を読み比べてみよう」ということに。共著『人生に必要な教養は中学校教科書ですべて身につく』で、新型コロナウイルス感染が拡大し続けるなか、教育の現場はどう動いていくのか、熱く語り合いました(構成=南山武志 撮影=本社写真部)

こんな教科書で学びたかった

池上 当たり前と言ってしまえばそれまでですが、半世紀以上前の1960年代半ばに中学生だった人間にとって、今の教科書はまさに隔世の感を禁じえないものでした。

佐藤 私は池上さんのちょうど10歳下ですが、感想はまったく同じです。

池上 まず「大判」でフルカラーなのにびっくりしました。たとえば地理の教科書に、「TOKYO GI-RLS COLLECTION」のド派手なステージ写真が、デカデカと載っていたりするわけです。これが、本当に中学の教科書なのか、と(笑)。ただし、我々の頃と変わったのは、外見だけではありません。ひとことで言えば、昔の教科書に比べて大変よくできている。

佐藤 少なくとも、大人たちが「たかが中学の教科書だろう」と馬鹿にすることはできないでしょう。私自身も、今回新たに教えられたことがいくつもあります。

池上 読み比べの対象にしたのは、社会(地理、歴史、公民)、理科、国語、数学、英語と、2019年度から正式な教科書ができた道徳の8教科でしたが、全体を通じて昔の教科書と一番違いを感じたのは、「何のためにこれを学ぶのか」「どう役立つのか」という観点が強く意識されて作られていることです。

佐藤 そういう目的で、本文をフォローするコラムなども充実しています。

池上 『人生に必要な教養は中学校教科書ですべて身につく』でも例に挙げましたけど、中学2年生の理科で「電磁誘導」を習います。昔の教科書では、螺旋状のコイルに磁石を近づけると、こっちの方向に電流が流れます、という説明文と図が載っていて、これを発見者の名を取って「ファラデーの原理」と言います、と。

佐藤 試験に出るかもしれないから、とにかく必死で覚えました。

池上 ところが、今の教科書はそれで終わらずに、その原理は駅の自動改札に使われています、と仕組みを解説してくれるのです。実は改札機にかざすICカードには、微小なコイルが内蔵されているので、磁界が発生し、電源がなくても電流が流れるんだとか。知りませんでした。(笑)

佐藤 そういうふうに説明されると、習っていることの中身がより理解しやすいだけでなく、ぐっと身近なものになります。学ぶモチベーションも上がるでしょう。

池上 私のまわりにも、なんでこんなことを覚えなければならないんだ、と数学が嫌いになった人間が、少なからずいました。もし、あの時代にこの教科書があったら、ずいぶん違ったのではないでしょうか。私自身、こんな教わり方をしたかったですよ。

佐藤 一方、国語の教科書に関しては、私たちの時代とそんなに大きく変わってはいません。それだけ、教える内容が「成熟」していると思うのです。

池上 佐藤さんは、「中学の国語教科書は、完成形に近い」という表現をなさっていましたね。

佐藤 他の教科と違い、現代文は高校で格段新しいことを習うわけではありません。中学の国語をマスターすれば、大学の授業でもビジネスの現場でも困ることはないし、骨のある文学作品を味わうことも十分できるはずです。

池上 裏を返せば、そこをおろそかにするのは怖い。スマホを片時も離せなくなった結果、若い世代を中心とした読解力の著しい低下が問題になっています。「短くて簡単な文章」ばかり読んだり書いたりしていたら、それも当然でしょう。

佐藤 読解力を取り戻したかったら、中学の国語教科書をしっかり読むべきなのです。