芸能界で巡り合った人生の師

芸能界入りは私にとって大正解でした。もちろんお芝居や歌が好きだったということもありますけれど、人生の師と言える方々と出会えたことがありがたくて。たとえば中村メイコさん。子役時代に『グーチョキパー』というドラマで親子役でご一緒したんですが、敬語が上手く使えなかった私に「日本語をちゃんと覚えましょうね」と言って、撮影中の2年間、毎日のように指導してくださいました。ビシビシと。

たとえば「行ってきまーす」と言うと、「もう少し丁寧に」とチェックが入ります。「食べますか?」と聞くと、「目上の人には『お召し上がりになりますか?』と尋ねるのよ」といった具合に。メイコママが「日本語は本当に美しい言葉だから大切にしてね」とお話ししていらっしゃったことが今も心に残っています。「素敵なレディーになってね」と言って、綺麗なお洋服や可愛い靴をプレゼントしてくださったことも忘れられません。

ドラマが終わったあとも交流は続きました。「今日はオシャレしてお食事に行きましょう」と、サミー・デイビスJr.など海外の有名な歌手が次々と出演していた赤坂のナイトクラブ「ラテンクォーター」へ連れて行っていただいたことも。その日はコニー・フランシスが出演していて大感激。私はメイコママからいただいたパッと広がったスカートにエナメルの靴、メイコママはイブニングドレス姿でしたね。タキシードをお召しになったご主人の神津善行さんが「レディーは男性が椅子を引くまで待っていていいんだよ」と言いながら座らせてくれたり。ご夫婦で私に淑女教育をしてくださったのです。

石原裕次郎さんとの出会いも印象的でした。私は14歳の時にフジテレビ開局5周年記念ドラマ『おねえさん』に芦川いずみさんの妹役で出演しました。このドラマを観た裕次郎さんが「妹を演じた子役はキングコングみたいな名前だな」と誰かに言ったらしく、日活の撮影所で初めて会ったスタッフにいきなり「よぉ、キングコングちゃん」と声をかけられてびっくり。その後も裕次郎さんは度々「これからスタッフ達と撮影所の食堂でご飯食べるけど一緒に来るかい?」と誘ってくださいました。いつも私はカレーを注文して、裕次郎さんは昼間からビールでしたね。可愛がっていただいて嬉しかったし、もっと上手く演じられるようになりたいと思ったという意味で、裕次郎さんも私の恩師です。

ジュディ・オングさん
石原裕次郎さんに可愛がっていただいて嬉しかった。裕次郎さんも私の恩師です。(撮影:本社 奥西義和)